スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

当たり前

2008年05月13日 11:40

当たり前≒当然

当然=道理上、そうであるべきこと
または、そうすべきこと

と辞書に書いてあった


今日の行きの電車にて同じ車両に女の子4人組が乗っていた

今年大学1年生的なキャピキャピしてる感じ(推定ですが)

仲良く楽しそうなことは全然構わないのだが問題はその彼女達の声量…

…デカすぎ↓↓

電車のガタンゴトン②の音に全く掻き消されることなく、まるで車両には自分達しかいないかのような声の大きさ

しゃべるななんて言わないがもう少し周りのことを考えたら?と思った

でもこの場合これは自分の当たり前であって、彼女達の当たり前にはならないのだろうか?

また自分では当たり前と思ってることが他の人から見たら自分も今朝の女の子達みたいに思われる逆のケースだってありえる

結局のところ当たり前と言う言葉はあるがモヤモヤした感じのもののようだ


その本人の歩んで来た生き方で当たり前は当たり前じゃなくなる可能性があるということ

なので一概に自分が感じる当たり前を他人には押し付けることは出来ない

もしかしたら今朝の女の子達の中に難聴の子がいてあの声量じゃないと会話が出来ないとか…それはないかなf^_^;

でも十人十色というようにこの世に同じ人間はいないのでバックグラウンドが違えば10人いれば10個の当たり前が存在してしまう気がする
もちろん大多数被る当たり前と少人数しか被らない当たり前があるのだろうが

これだと最初の辞書の意味とズレてしまうが、でもやっぱり今日のケースに限らず改めて自分の当たり前が100%他人の当たり前でないような気がした

これからは当たり前の使い方には気をつけよう(^_^;)

指導者を目指す人間として起こった事実だけに目を向けるのではなく、その奥に秘められてるかもしれない本質を見るようにしなければ…


心に響いた一言

【それが事実だとしても=真実ということではない】
スポンサーサイト


コメント

  1. sawauchi | URL | JXoSs/ZU

    No title

    しかし、現実でもある。意味不明

  2. ムー | URL | -

    「当たり前」の定義

    「当たり前」の定義なんてあって無いようなもんだからなぁ。

    自分が昔「当たり前」と感じていたことを、
    今になってから思い直すと、まったく「当たり前」ではなかったり。

    自分のことでもそんな感じなのに、ましてや他人の「当たり前」
    について理解しなければならないとなると、なかなか難しいよね。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://001wat0sh1k1.blog25.fc2.com/tb.php/5-022d97db
この記事へのトラックバック


最近の記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。